クロガネ・ジェネシス

第15話 鮮血の海に沈む者
第16話 脱出 決戦の空
第17話 それぞれのその後
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第一章 海上国家エルノク

第16話
脱出 決戦の空



 シェヴァを先頭に、2体のガンネードがついてくる。零児が強敵であるレジーと戦っている間に回収した仲間達を乗せた竜《ドラゴン》だ。
 零児は終始無言のまま、アマロリットにシェヴァの操舵を任せている。
「作戦が上手くいったのに……心が晴れないわね」
 アマロリットがぽつりと呟《つぶや》いた。
「ああ、だけど……シェヴァがああしてくれなければ、今頃どうなっていたのかわからないのも事実だ。殺しを肯定するわけじゃないが、俺だったらあんなに冷酷に奴の命を奪うことはできなかっただろうさ。結果としてシェヴァは、俺達が脱出するためのもっとも重要な役割を果たしてくれたんだ。そのことには純粋に感謝しなきゃならないと思う」
「そう……」
『グオオオアアアアアアアアアアオ!!』
『!?』
 突如としてシェヴァが咆哮をあげる。途端、アルテノスに向かっていたはずのシェヴァは、大きくその方向を転換した。アルテノスとは正反対、海に向かっているようだ。
「どうしたの!? シェヴァ!」
 何事かと思って零児が背後を振り返る。
「零児!」
 そのとき、1体のガンネードが接近してきた。そのガンネードを駆るアーネスカが零児に話しかける。
「どうしたんだ!?」
「何かが追ってきてる!」
「何かってなんだよ!」
「わかるわけないでしょう!」
 零児と、ガンネードに乗っている6人もそれぞれ背後に注目する。しばらくしてそれは姿を現した。
 全身が黒曜石のように黒光りする肌に覆われた巨大な竜《ドラゴン》の姿を。巨大な翼をはためかせ、筋骨隆々のその竜《ドラゴン》は、人間と竜《ドラゴン》の両方の特徴を持った体格をしている。その大きさはセルガーナ、シェヴァを軽く上回る。巨人と呼ぶに相応しい大きさだ。
「ド、竜人《ドラゴニュート》!?」
 アマロリットが驚愕と共に自分達を追う者をそう呼称した。
「どらごにゅーと?」
「人間の体格と、竜《ドラゴン》の特徴を合わせ持った竜《ドラゴン》の総称よ」
「なんでそんな奴が俺達を追ってくるんだ!」
「あれも、敵ってことなんでしょうね……」
 竜人《ドラゴニュート》が迫ってくる。シェヴァの上空を覆うように追いついてくると……。
『オマエタチ……ニガサナイ!』
 そう口を開いた。
「しゃべった!?」
「そんなはずないわ! 竜人《ドラゴニュート》と言えども、亜人でもないかぎり人間と同等の知能は持たない! コミュニケーションなんて取れるはずが……」
「じゃあ、あいつは亜人ってことなんじゃないのか?」
「……そんな……。あんな巨大な亜人が……?」
 零児は自分達を追う竜人《ドラゴニュート》を見つめる。そして竜操の笛を吹いた。
『グァアアアアアアアアオ!』
 シェヴァは竜操の笛を通して送られる零児の命に従い、高度を上昇させる。そして、竜人《ドラゴニュート》のすぐ横に並んだ。
 零児は自分達より遙かに巨大な竜人《ドラゴニュート》に大声で話しかける。
「おい! お前が何者かは知らないが、なぜ俺達を追う? 俺達に何の用だ!?」
『ワレラアジン……ニンゲントノセンソウニショウリノタメ……。リヒト・ゴーレムカンセイノタメ……アルトネール・グリネイドをイタダク……』
「ってことは……お前も亜人か!?」
『ソウダ……オレハ、アワード・ドラゴンの1ツ、オルディールノアジンダ』
「だってさ……」
「……」
 零児はアマロリットに目配せした。アマロリットは信じられないといった表情でその巨大な黒き亜人を見つめる。
 シェヴァの後を追って、ガンネードがついてくる。そのうちの1体を駆る亜人、バゼルが口を開いた。
「戦うしかないな! あんなものをアルテノスに入れたら大惨事になる!」
「だな! この場で撃破するしかない!」
『オレヲ……ナメルナヨ!』
 黒き亜人はその大きな口を開いた。その口内より閃光が煌《きら》めく。
「レーザーブレスか!」
 零児は即座にそう判断し、竜操の笛を吹き、シェヴァに指示を出す。
『グオオオオオオオオウ!!』
 シェヴァと、シェヴァの咆哮を合図に背後のガンネード2体が動く。3体の竜《ドラゴン》は二手に分かれ、横に大きく旋回する。
 結果レーザーブレスは大きくはずれた。青く光る一筋の光は海上を叩き割り、巨大な水しぶきを上げる。
「あんなの食らったらひとたまりもないな……」
 黒い竜《ドラゴン》の亜人より放たれたレーザーブレスを見て零児はそう呟いた。
「感心してる場合!」
 アマロリットは声を荒げて言う。
「わかってるって! 今度はこっちからだ!」
 零児は再び竜操の笛を吹いてシェヴァに指示を出す。シェヴァは笛の音を聞き急上昇する。黒い竜《ドラゴン》の亜人より上空に到達し、零児は右腕を黒い竜《ドラゴン》の亜人に向ける。
「どうするつもり?」
「まあ、見てなって!」
 零児は自分の右手に魔力を集中させる。
「久しぶりに1発いくぜ! 剣の弾倉《ソード・シリンダー》!!」
 右手が光り輝き、大量の剣が黒い竜《ドラゴン》の亜人、その左翼めがけて発射される。無数に発射された刃はその幅広の翼に大量に突き刺さる。
「散!」
 そして、刃は爆発した。翼に突き刺さった大量の刃はダイナマイトとなって爆炎を発生させる。
『ウオオオオ!! コシャクナ……!』
 黒い竜《ドラゴン》の亜人は自らの手を伸ばし直接シェヴァを捕まえにかかる。その手の動きにあわせて、竜操の笛を幾度か吹き、的確にシェヴァに指示を送る。
「エクスプロージョン!」
 シェヴァの背後から、別の爆音が響く。それはアーネスカの魔術だ。
 零児が剣の弾倉《ソード・シリンダー》で攻撃したところと同じ部位目がけて放たれた魔術弾は黒い竜《ドラゴン》の亜人にダメージを与える。
『グッ……キサマラァ!』
 黒い竜《ドラゴン》の亜人は零児とアマロリットが乗るシェヴァよりさらに高い位置に高度を上げて、再び口を開く。
 シェヴァを駆るアマロリットは焦りの表情を浮かべた。
「またレーザーブレス!?」
「いや、様子が違う!」
『ハァァァァァァ……!』
 黒い竜《ドラゴン》の亜人は両手を胸に当て低く唸《うな》り声を上げ始めた。
 ――なんだ? 何をするつもりだ……?
 唸り声を上げて数秒。黒い竜《ドラゴン》の亜人はレーザーブレスを放った時よりも大きく口を開いた。
『ハァッ!!』
 すると、口内から黒い霧の様なものを吐き出した。
「なんだ!? 毒か!?」
「息を止めた方がいいかもね!」
 零児とアマロリットは可能な限り、黒い霧を吸い込まないように鼻と口を押さえる。黒い霧は微量ながら視界を遮るほどの濃度があった。飛行するセルガーナに乗っているアマロリットと零児にはさほど関係ないことではあったが、セルガーナ、シェヴァにとってはそうでもない。
 シェヴァは首を左右に振り、その影響で零児とアマロリットも揺さぶられた。
「大丈夫かシェヴァ!?」
『グォアアアアウ……!』
 シェヴァは黒い霧から脱出しようと、猛スピードで高度を下げ、滑空する。零児とアマロリット共々急降下していき、シェヴァは黒い霧から脱出した。
 すぐさま体制を立て直す。スピードを殺し、緩やかに高度を上げ、安定して飛行する。
「みんなは……無事なのか?」
 ガンネード2体の無事を確認したくて、零児は背後を振り向いた。しばらくして黒い霧から脱出した赤茶色の体色を持つ竜《ドラゴン》の姿を見つける。どちらも透明な泡のような膜に包まれている。
 それは魔術師の杖を使って発動する防御系魔術の1つ、バブル・デヴァリアスだった。しかし、零児が知っているメンバーの中でこの手の魔術を使える人物に心当たりはなかった。
 ――一体誰が……?
 零児は疑問に思いつつも、とりあえずは仲間達の無事を喜ぶことにした。零児は自分達より上空を見上げた。
「またか!?」
 その直後、零児は苦悶の表情を浮かべつつ、苦言を呈した。
 黒い竜《ドラゴン》の亜人は再びその口を開けていた。また口から何かを吐き出すつもりなのだろう。黒い竜《ドラゴン》の亜人の口内が再び青い光を放つ。間髪入れず、今度は無数の炎の弾丸がシェヴァと2体のガンネード目掛けて発射された。
 零児は竜操の笛を再び吹く。するとシェヴァは進行方向より真横に進路を変更し、可能な限り全力で飛ぶ。
 弾の雨を回避し、再び上昇していくシェヴァ。
「まずいわ……!」
「何が!?」
「この子の……シェヴァの体力が限界に近いわ!」
「そんなことわかるのか?」
「さっきからシェヴァの呼吸が激しい。度重なる回避行動で、相当な体力を消耗したせいよ!」
 零児は先ほどから自分達を執拗に追跡してくる竜《ドラゴン》の亜人を見つめた。そして、はっきりと何かを決意した瞳をし、左手を握りしめる。
「……一気に決着をつけるしかないな!」
「どうするつもり?」
 現在彼らは海の真上を飛んで交戦している。アルテノスからも大分離れている。泳いで戻るのも不可能ではないが、どれだけかかるかわかったものではない。
「シェヴァ! もう1度俺に、力を貸してくれ!」
『グォォォオオウ……!!』
 シェヴァは零児の思いに応える。
 零児は何度目になるか分からない竜操の笛を吹いた。その途端、シェヴァの瞳に力が宿り、上昇を開始する。黒い竜《ドラゴン》の亜人より上空に達したところでシェヴァは方向を転換し、竜《ドラゴン》の亜人へと向かう。向かいながら、さらに上昇。零児達が黒い竜《ドラゴン》の亜人を見下ろす形になる。
「頼むぜ……俺の左腕!」
 零児は左腕に魔力を込めた。すると零児の左腕全体が光を放つ。レットスティールに作ってもらった義手だ。まだ完全に接合はしていないため、今零児が使おうとしている魔術を使ったら壊れる可能性もある。しかし、それでも零児は、この魔術に勝利を賭けることにした。
 右手で竜操の笛を掴む。
 ――あの翼に……穴を開けることができれば!
 零児は竜操の笛を吹いた。
 シェヴァが黒い竜《ドラゴン》の亜人めがけて急降下する。その勢いを利用して、零児はシェヴァから飛び降りた。
「零児!?」
「うおおおおおおおおおお!!」
 上空より竜《ドラゴン》の亜人に迫る零児。輝く左腕を構える。
「明星爆砕破《みょうじょうばくさいは》!!」
 左腕にため込んでいた魔力が解放される。途端、黒い竜《ドラゴン》の亜人の左翼が大爆発を起こし、大きな穴が空いた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
 痛みのあまり叫ぶ竜《ドラゴン》の亜人。直後、穴の空いた翼のため飛行が不安定になる。安定して風を受けることができなくなったのだ。
 ――やった……!
 零児はそのまま海に落下して行く。せめて頭から着水しないようにと、足を下に向ける。数秒としないうちに零児は海面に叩き付けられた。
「プハッ!」
 海面から顔を出し、黒き竜《ドラゴン》の亜人を見上げる。
『ウウウウォオオオ!! グウウウウウゥゥゥゥゥ!!』
 竜《ドラゴン》の亜人はどんどん高度を下げていく。やがてまともに飛行することができなくなり、着水した。穴の空いた翼から血が流れ、海を血の色で染める。
『コ、コンナ……バカナ……』
 竜《ドラゴン》の亜人は苦悶の表情を浮かべ、憎憎しげに上空を飛び回るセルガーナを見つめる。
「ざ、ざまあみろってんだ……」
 零児は竜《ドラゴン》の亜人よりやや離れたところで、そう口にした。彼の左手の義手は使いものにならなくなっていた。左腕にいくら魔力を通しても反応しない。恐らく仮接合していた部分が衝撃で壊れたせいだろう。
「零児ぃー!」
 その時、アマロリットの声が聞こえた。彼女はシェヴァから体を乗り出し、左手を海に向けて伸ばしていた。零児を回収するためだ。零児もまた右手をアマロリットに向けて伸ばす。シェヴァとすれ違いざまに、お互いの手を握り、零児は無事シェヴァの上に乗る。
「大丈夫!?」
「あ、ああ……けど、流石に疲れたよ……」
 零児は苦笑いを浮かべて全身の疲労に耐えた。
 アールとの戦いに続いて、レジーとの戦闘、さらにシェヴァに乗っての空中戦。疲れていても不思議ではない。
「まったく無茶するんだから……」
「いいだろ別に。無茶なことは今までもやってきたさ……。帰ろうぜ。目的はこれで果たしたんだろ?」
「ええ……」
 体力を相当消費したのはシェヴァとて同じだった。そのため、シェヴァはゆっくりと飛行し、アルテノスへと向かう。
「零児……」
「ん?」
「ありがとうね。あんたがいなきゃ、アルト姉さんを助けられなかった」
「俺だけじゃないさ……アーネスカ達だって戦った。俺1人では、誰も救えなかったさ……」
「それでも……例は言っておくわ」
 アルトネールを乗せたガンネードも何事もなく無事だった。3体の飛行竜《スカイ・ドラゴン》はアルテノスへと帰還していった。

 その頃、リベアルタワーの屋上。そこにはすでに亡骸と化したレジーと、瓦礫の山があった。
 しかし……。
「う、うう……」
 その上で何かが蠢《うごめ》いている。長い髪の毛を持ち、血の海に沈んだ女だ。その女は両手を地面につき、頭を左右に振った。
「流石に死ぬかと思ったわ……」
 女はフラっと立ち上がった。血の付いた服が気持ち悪い。早くシャワーが浴びたい。
「これで……終わったなんて思わないでよ……」
 彼女はアルテノスの町並みを悠然と見下ろしながら、目にしたもの全てを蔑《さげす》むような瞳でそう口にした。
第15話 鮮血の海に沈む者
第16話 脱出 決戦の空
第17話 (次回更新予定)
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